観葉植物
与太郎の妄想独り言

2017-06

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重力の呪縛を振りきって?宇宙開発四方山話

昨日12月7日午前8時49分。
金星探査機PLANET-C「あかつき」が、金星周回軌道に向かってメインスラスタの噴射を開始。
720秒に及ぶ全開噴射で、金星周回軌道に向けて減速を行っていました。
しかし今日11時、金星周回軌道への投入の失敗が公式に発表されました。
現在、原因の究明及び今後の運用計画の見直しがなされています。
このままだと、「あかつき」が再度金星周回軌道に投入できるのは6年後になる予定だそうです。
余りの出来事に、『日本の惑星探査機には呪いでもかかってるのか!?』と本気で思ってしまいした。
直前の12月6日に行われた姿勢制御までは、何のトラブルの兆候もなかったと言うのに。
火星探査機PLANET-B「のぞみ」も。
小惑星探査機MUSES-C「はやぶさ」も。
どちらも大きなトラブルに見舞われると言う試練がありました。
それらの教訓が生かされていても、避ける事が出来なかったトラブル。
改めて惑星探査の難しさを思い知った気がします。

お久しぶりの宇宙開発四方山話。
今回は日本の惑星探査機についてのお話をしてみたいと思います。
またしても無駄な長文記事となりましたので、本文はいつもどおりに格納してあります。
出来ましたらお付き合いのほど、よろしくお願いします。



日本初の惑星探査機って、何処へ行ったか知っていますか?




先に名前を出しました小惑星探査機「はやぶさ」。
正式には「MUSES-C」と呼ばれているのは、目にした方も多いのではないかと思います。
これは「MU Space Engineering Satellite」の略称です。
「Muロケットによる工学実験衛星」と言う意味で、「C」は3番目の意味になります。
「C」があると言う事は、もちろん「A」と「B」もある訳でして。
実は「はやぶさ」は、正式には「工学実験衛星」であって、「探査機」ではないんです。
つまり実験や技術立証が本来の目的で、「惑星探査」は極端に言えば「オマケ」に当たります。
もちろんやるからには本気で取り組んでいますので、決して「オマケ」程度ではありませんけど。
しかし、純粋な意味での「惑星探査機」ではないのも事実です。
では日本は純粋な「惑星探査機」を打ち上げた事がないのかと言えば、答えはもちろん「いいえ」です。
金星周回軌道への投入に失敗した金星探査機。
そして何度か話題に出している火星探査機。
金星探査機「あかつき」は「PLANET-C」。
火星探査機「のぞみ」は「PLANET-B」。
「はやぶさ」の例からお分かり頂けると思いますが。
「あかつき」は3番目(C)、「のぞみ」は惑星探査機(PLANET)の2番目(B)になります。
純粋な「惑星探査機」としては、日本初は「のぞみ」になります。
そして日本が初めて地球重力圏外へ打ち上げた探査機は、正式には「惑星探査機」ではありません。
前置きが長くなりましたが、今回ご紹介したいのが日本初の「惑星間探査機」。
PLANET-A「すいせい」、その兄弟機のMS-T5「さきがけ」の二機です。

「はやぶさ」の構想が生まれたのは、今から25年ほど前の1985年のこと。
この年、世界中がある天体の話題で盛り上がっていました。
76年ぶりに太陽に最接近する世界一有名な彗星、「ハレー彗星」がやって来るのです。
これまでも彗星観測は幾度となく行われてきました。
しかし今回は、ただの観測ではありません。
遡る事4年前の1981年9月。
世界各国共同によるハレー彗星探査計画が持ち上がりました。
世界中の科学者がイタリアのパドヴァ大学に集まり、歴史的な会合が開かれたのです
米ソを中心とした冷戦下にありながら、この会議は大変友好的に行われました。
この会合は開催された会場の名前にちなみ、「パドヴァの誓い」と呼ばれています。
この時、ハレー彗星へ向けて探査機を打ち上げ、間近から観測することが決まりました。
ハレー探査に参加するのはアメリカ・ソビエト・ヨーロッパ、そして日本。
各国が観測を分担し、共同でハレー彗星を迎え撃つ事になりました。
そう、「すいせい」と「さきがけ」はハレー彗星探査機として生まれて来たんです。

ハレー彗星探査機の開発は、御多聞に漏れず困難の連続でした。
まず何より最大の問題は、開発期間の短さでした。
「パドヴァの誓い」が1981年9月、探査は1986年3月の予定。
打ち上げ時期を除くと、完成まで実質3年以下しか時間がありません。
おまけに日本は、惑星間空間への打ち上げ自体が初めての挑戦でもありました。
それは打ち上げるロケットも、同時に開発しなければならないと言う意味でもあったんです。
そして地球重力圏外へ正確に航行するための、航法ソフトの開発も必要です。
さらには最長1億7千万kmの遠くの探査機と通信できる施設も、当時の日本にはありませんでした。
全てが初めて尽くしのハレー彗星探査は、しかし確実に形作られて行きます。
当時主力だった「M-3S」の打ち上げ能力を、一気に2.5倍にまで引き上げた「M-3S?」ロケット。
惑星間空間での通信を可能とする、有効口径64mの臼田アンテナ。
そしてハレー彗星探査機の開発。
探査機に要求された物も、とても厳しい内容の物でした。
打ち上げ可能なサイズは「直系1.4m以下・重量140?以下」という小さなものでした。
おまけに今まで日本が打ち上げた事のない、地球重力圏外で確実な運用が可能である事。
さらに地球近傍域の2.2倍の太陽熱入力に耐えられる事。
つまり今まで以上に逞しく賢い探査機が必要でした。
そのために用意されたのが、「すいせい」と「さきがけ」の2機でした。
まず試験機「さきがけ」を打ち上げて、不具合箇所を徹底的にあぶり出します。
半年後にはその内容をフィードバックさせた探査機「すいせい」で本番に挑む事となりました。
この2機は観測機器の違いこそあれ、基本的には全く同じ構造の双子でした。
1985年1月8日04時26分、満を持してM-3S?1号機で「さきがけ」は打ち上げられました。
その軌道投入精度は、開発陣の予想さえも上回るモノでした。
全段固体燃料ロケットで惑星間空間への打ち上げなど、成功する訳がない。
そんな海外からの揶揄の声を吹き飛ばす、それは見事なモノだったそうです。
1985年8月19日08時33分、「すいせい」はM-3S?2号機で打ち上げられました。
データのフィードバックを受けた打ち上げの精度は、予定していた第1回軌道修正が不要なほど。
そんな2機の航海を支える臼田アンテナが完成したのは、「さきがけ」打ち上げの2ヵ月前の事。
順調な航海は、10万ステップにも及ぶ航法ソフトウェアがあってこそ。
ISASのスタッフたちの不断の努力が、沢山の難題に最高の回答を出した結果です。

翌86年3月、「すいせい」と「さきがけ」はアメリカ・ソビエト・ヨーロッパの探査機と合流。
この6隻の探査機船団は「ハレー艦隊」と呼ばれ、世界の東西の垣根を越えてハレー彗星へ挑みます。
この共同観測で日本の「すいせい」は、15万?の後方からハレーの全体像を観測。
尾と呼ばれる巨大な水素の雲の姿を捉えます。
この際、「すいせい」はハレーからのダストの直撃を受けます。
小柄とはいえ138?の「すいせい」の姿勢を崩したダストは、わずかに5?。
この事は、このハレー観測の困難さを象徴する出来事でした。
「さきがけ」は更に後方の699万kmの距離から、ハレーの全体を「面」で観測。
周囲の太陽風・磁場・プラズマを調べます。
2機とも大変地味な「後方支援」観測でしたが、このデータは他の探査機に貴重なデータとなったのです。

ハレー艦隊に依るハレー彗星観測は、大成功を収めました。
この計画の成功が日本の惑星探査計画に弾みを付ける事になりました。
そしてこの計画こそが、後の世界初へと繋がるきっかけにもなったんです。
それは深宇宙探査に威力を発揮する、高効率推進機「イオンエンジン」の開発です。
日本の技術では、大型の探査機を打ち上げられない。
これではもっと遠くの星へ探査機を送ることなど出来はしません。
ましてや惑星間往復航行など、それこそ夢のまた夢のお話です。
日本の惑星探査計画には、少ない燃料で遠くまで飛んで行ける推進機の開発が必要不可欠でした。
それが「はやぶさ」に搭載されたイオンエンジン「μ-10」だったんです。
より少ない燃料で今まで以上に高効率な推進機。
それは打ち上げ能力に限界のある日本の探査機には、必要不可欠な技術だったんです。
「すいせい」と「さきがけ」の成功は、日本の惑星探査に大きな推進力をも与えたんです。

日本初の惑星間空間での探査計画は、この成功だけで終わりませんでした。
10日間に及ぶハレー観測終了後も、この2機は深宇宙空間で観測を続けました。
「すいせい」が運用を終えたのは、1991年2月22日。
「さきがけ」に至っては1999年1月7日に運用終了。
実に14年間に渡って観測データを送り続けました。

そんな2機に続いて火星を目指したPLANET-B「のぞみ」は、しかし遂に火星周回軌道に乗れませんでした。
そのトラブルを教訓に「イトカワ」を目指したMUSES-C「はやぶさ」。
結果は御承知の通りの大成功でしたが、その道程は「のぞみ」をも越えるトラブルの連続でした。
それらを土台に、満を持して打ち上げられたPLANRT-C「あかつき」。
もちろんまだ失敗した訳ではありません。
しかし予定通りの結果が出せなかったのも敢然たる事実です。
ここからが正念場、奇跡は「起きる」のではなく「起こす」もの。
ここまでトラブルが出なかった事の方が異常だったのかもしれません。
このトラブルに臆することなく、金星探査への道を模索すること。
必ず道は開けると信じて、「あかつき」を応援して行こうと思います。
決して諦めない事が、「はやぶさ」の成功に繋がったのだから。

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